私は29歳から本格的にを仕事にしたいと思うようになったのですが、それまでは絵は好きでもただの趣味として捉えていました。あくまで他のことで生活していこうと。

 

しかし生きていく中で様々なことを経験し、本当に自分がやりたいことはだったのだということに気が付きました。

 

ただそう思えたのも地獄を経験したからこそのことでした。

 

 

地獄の始まり・・・

 

20代中盤の頃、携帯電話のソフトのエラーチェックの仕事をしていました。

通話中、設定したアラームが耳元でビーっとなってしまっては大変なので通話中はアラームがちゃんと裏で待機しているかとか、そういった仕様書通りに携帯電話が動くことを確認する仕事をしていました。

 

当時は色んな大手メーカーが競い合って新機能の携帯電話を作っていて競争が激しく、その為私の会社でも次から次へ新機種発売のスケジュールが組まれ、同時に数機種の開発、評価が平行して進むというタイミングもざらにありました。

 

そんな中で一つの機種の納期が近づいてくると泊りがけでエラーチェックをして、次の日は午後14時くらいから出勤という過酷な勤務体制の時も度々ありました。

 

 

またどこのメーカーも高品質を売りにしていたので、当然私の会社でもエラーを見逃して発売してしまっては大変ということもあり責任も重大で精神的にも過酷な仕事でした。

 

しかし、業務以上に壁になったのが・・・

 

「上司」でした・・・。

 

最大の敵は業務より「上司」

その上司は未だに私の人生史上最も嫌な人間に座位しています。

 

その上司は典型的なお偉いさんにはヘコヘコして出世の機会をうかがうが、部下にはズケズケして自慢話のオンパレードを展開するというドラマに出てくるようなベタ中のベタな失格者でした。

 

また本当に図々しく、どこにでも良い顔をして大風呂敷を広げる割には面倒くさくなると後処理は全て部下にやらせるという無法者を地でいく人格でした。

 

本当に良い所が全く見つからない人間だったのです。

 

その上司に服従しながら、日々の過酷な業務に追われ納期間近の月は一月の勤務時間が250時間を超える月などはざらにありました。

 

さらに同僚や同じフロアにいる協力会社さんとも密に連携を取りながら進めていかなければならない為、どんどん精神がすり減っていく毎日でした。

 

そんな中、新機種のプロジェクトが立ち上がり私は何故か一番難しい機能である「SIM」の担当にさせられたのです。

 

 

SIMは人間でいう心臓部に当たる最重要機能です。特別SIMに詳しいわけでもなかったのになぜ・・・?

 

 

あの「上司」だ・・・。

 

 

相変わらず何も考えずにお偉いさんとの兼ね合いや自分の作業のやりやすさを優先させめちゃくちゃな作業配置をしてきたのです。

 

それからというもの難解な作業を押し付けてきては進行状況が滞ると怒鳴りつけ、自分の立場を誇示するというやりたい放題の傍若無人さを見せつけてきたのです。

 

怒りで狂いそうになりました。

 

しかし、私は生活のこともあり必死にSIMのことを勉強しギリギリのところで食らいつこうと頑張りました。

 

その結果、数年前のように再び寝付けなくなり悪夢にうなされるようになっていったのです。

 

悪夢の再来

普通の怖い夢というレベルではなく何日も精神にまとわりつくようなどろっとした悪夢でした。

 

精神が病んでいく様を自分でもこれほどハッキリ認識できるのかと思うほど日に日に衰弱していきました。

 

仕事の帰り道でも、

「あー明日はあの作業をやってから・・・いや最初にあの件を上司に説明してからかぁ・・・面倒くさい・・・」

 

という明日の不安にかられ、今を生きているという実感が全く持てない日々を送るようになっていきました。

 

まさに地獄でした・・・。

 

そんな日々を1年半程過ごしました。

 

 

その頃から、

「何の為に生きているんだ自分は?」

「これが人生なのか?」

「もし明日事故で死んだとしたら楽しい人生だったと自信を持って言えるか?」

という重苦しい虚しさを感じるようになっていったのです。

 

もう限界でした・・・。

 

 

「本当に自分がやりたいことは何なんだ?」

 

そんな時に何の意図も脈絡もなくふわ~っと頭に浮かんできたのが「絵」のことでした。

 

地獄の中で夢を見つけた

私は小さい頃からが無条件で好きでした。なぜ絵が好きだったのかとその時改めて深く思い返してみました。

 

それは絵の持つ「単純さ」「自由さ」に惹かれたからでした。

 

例えば芸術活動の中でも陶芸や版画などはそれなりに必要な道具をそろえたり決められたやり方に沿って進めていかなければならないのですが、絵は大した規則もなく紙と鉛筆だけあればすぐに始められる、好きなようにやっていい。

 

昔から自分がやりたかったことはだったのだとその時心から気付いたのです。追い込まれて追い込まれて本当の自分が見えた瞬間でした。

 

まさに一筋の光とはこのことかと思い震えました。この時会社を辞める決断をしました。

 

結局、同じ不満を抱えた他の二人の同僚と共に反乱を起こし入社してから2年で会社を辞めました。そして絵を仕事にしようと思いイラストの専門学校に通うことを決断しました。

 

 

 

私はこの期間を通じて、

 

充実しているいつもの生活では本当の自分は見えてこないこと

いつもの自分と違う自分でいる時にこそ本当の自分、本来の自分の生き方に出会える

 

ということを学びました。

 

1度地獄をくぐりぬけてしまえば必ず素晴らしい違う自分に出会えるのだと確信しました。

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