ムラージュ医療教育の為に作られた模型、標本のことで16世紀のイタリアが起源とされています。

 

蝋(ろう)で作られたムラージュは実際の人体から型取りされている為、恐ろしいほど精巧に作られています。数百年前につくられたムラージュは、現在でも当時のままの姿で世界各地の医療施設等で展示されています。

 

奇形、病魔の標本1 世界最高峰の技術「フェレンツェの蝋人形」

出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

 

イタリア・フィレンツェでは18世紀終わりから20世紀はじめまで、ワックス・モデル=蝋人形制作が盛んに行われていました。その技術はヨーロッパ随一を誇っていたそうです。

 

上の写真にある蝋人形もそういった技術が結集されたいくつかの工房で作られたものです。

 

フィレンツェ大学の医学研究所や物理自然学博物館「ラ・スペーコラ」には奇形児や奇病に侵された人達の標本が数多く展示されているようです。

 

標本ということは当然、実際にこのような奇形や病魔に侵された人々がいたということになります。

 

芸術と言っていいほど精巧に作られたグロステクな蝋人形をみると、健常者として生きる我々に「どんなことがあっても生きろ」と強く静かに訴えかけているようにも感じられます。

 

奇形、病魔の標本2 パリ「スピッツナー博士のコレクション」

「ハンセン病患者の標本」 出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

上段の画像「19世紀末期に生存していたジョバンニ兄弟」 出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

「性器が二つあり、その奥から足が生えている成人男性の標本」 出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

 

パリ・サンジェルマンのパリ大学医学部の上階フロアに「デルマス・オルフィラ・ルヴィエール博物館」と呼ばれる解剖学コレクションがあるそうです。

 

その中でも「スピッツナー博士のコレクション」と言われる標本群がひと際、人気を博しているようです。「スピッツナー博士」と言っても彼は医者ではなく標本を作る工房で働いていた人物で、奇形学、解剖学の標本を買いあさり一般公開に踏み切った人体標本の展示のパイオニア的存在になった人物でもあります。

 

1850年当時のフランスでは、死体の公開解剖が流行していた時代で、病理学、解剖学に注目が集まっていました。梅毒などの性病も急速に広まった時代で、スピッツナーはグロテスクでリアルな標本を見せることで一般市民に性病の恐ろしさを周知していたようです。

 

奇形、病魔の標本3 ウィーン「回廊のグロテスク」

出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

出展:珍世界紀行 ヨーロッパ編

 

ウィーン大学のキャンパスの一番奥にあるナレントゥルムと呼ばれる病理・解剖学博物館は円筒状の作りになっており回廊に沿って展示室が設けられていて、そこには所狭しと奇形や病魔に侵された人たちの蝋標本が並べられているようです。

 

水頭症で頭が肥大した子供の標本や、性病で腐りきってしまった性器の標本、梅毒で鼻が陥没してしまった標本など精巧につくられた標本が並んでいます。

 

そして、この建物自体の作りが円筒状になっているため、展示品を見ながら移動していると自分が今どこにいるのかわからなくなるような、一種の迷路に入り込んだような錯覚を覚えるようです。

 

補足

先述した性病、梅毒についてお話させて下さい。

 

江戸時代、日本でも爆発的に梅毒が広まりました。武将の黒田官兵衛も梅毒により死亡したと言われています。当時はまともな治療法もなく、体が朽ち果てていくのを待つしかありませんでした。

 

身体的症状は他のサイトでも紹介されているので省きますが、意外と知られていないのが「精神に異常をきたす」という点です。

 

下の動画では、梅毒に感染しすでに精神に異常をきたしている思想家の大川周明という人物が東京裁判の被告席に並ぶ東条英機の頭を意味不明に叩くシーンが記録されています。

 

非常に興味深い映像です。

 

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