なぜ自分の絵を「下手だ・・・ダメだ・・・」と感じてしまうのか?

 

私もそう感じ、苦しんできた者の一人として、過去の自分を振り返りつつ考えてみました。

 

まず「絵が下手だ」と悩んでしまう原因には以下の2つの理由が考えられると思います。

 

 

「自分の中だけで完結させてしまう」

「すぐに良し悪しを判断しすぎ」

 

 

明らかな「画力の欠如」ということを除いて、まさにこの2つに尽きると思います。

 

特に最初に挙げた「自分の中だけで完結させてしまう」ということがほぼ全てなのだと思いますが。

 

上記2点を過去の自分と照らし合わせ深堀りしていきます。

「自分の中だけで完結させてしまう」

私も昔は四六時中、絵のことを気にしていました。

 

「この絵は自分らしい絵なのか? 前作より良い絵が描けているのか?」といつも心の中で格闘をしていました。

 

そして、その絵が気に入らなければ、その絵は世に出ることはなく最悪の場合、次回作の裏紙になってしまう運命でした。

 

当然ですが絵の一番初めの評価者は自分です。

 

自分という関門を潜り抜けなければほぼその絵が日の目を浴びることはありません。

 

また自分が自分の絵の評価をする場合、自分の過去の経験、感性を通して見る以外、見方がありません。他人の絵を見るようには自分の絵を見れません。

 

従って、自分の中だけである程度、絵の評価を完結してしまうのも無理はない話だと思います。

 

ただ、そんな時こそ「少し違った視点」を持つことで、絵の見え方がガラリと変わることがあります。

 

「他人を介した視点」

10年程前、絵の専門学校に通っている時「下手だなぁ・・・」と思う自分の絵を、先生と友人数名に見せたところ「おっ凄いじゃん」という反応が返ってきました。

 

いつも顔を合わせている人達なので嘘は言っていないことはすぐにわかりました。

 

その時から徐々に「これはこれでアリなのかなぁ」という気持ちに変化していってそれ以降、むしろその絵が大好きになりました。

 

10年経った今でも好きな絵です。見え方が180度変わったのです。

 

ちなみにその絵は当ブログ上部のファーストビューの画像にも採用しています。

 

「自分の絵に対する心理」

また別の話で専門学校の先生に「自分の絵があまり好きになれない」という相談をしたところ、

 

「自分はいつも自分の絵を見ているから単純に良さに気付けていないだけ。心理的にそういうもの。そして自分にはない要素を持っている他人の絵はどうしても凄く見えてしまう。ただ他人から見ればもちろんあなたの絵も凄い絵に見えている」

 

 

という返答をもらい「なるほど、そういうことかあ」と目にウロコだったことを今でも覚えています。

 

 

つまり先生は「別の視点からも考え、自分の絵を柔軟に捉える習慣を身に付けることが大切」ということを教えてくれていたんだと思います。

 

 

このように人間の心理とは、少しだけ物事の見る角度を変えてあげることで劇的に視野を広げることができるようにもなるということなのです。

 

 

こういった物事の見方を変えることで気分や感情を良い方向に変化させることを「リフレーミング」というそうです。

 

 

このリフレーミングの作用を常に引き込めるようにすれば自分の絵で悩むこともだいぶ少なくなるのではないかと思うのです。

 

 

自分の中だけで考え込むと100%偏った方向に進んでいってしまいます。私の経験から見ても明らかです。

 

そうならない為にもまずは「違う視点からも捉えてみる」という習慣を持つことが大切だと思われます。

 

具体的に「違う視点」を取り入れるヒントとして有効な手段がfacebookのアートグループに加入するという方法です。

 

加入したアートグループで絵を投稿して「〇〇のような思いを込めて描いた絵です。ご感想頂ければ嬉しいです。」といった一文を付け加えることでコメントをもらえるようになります。

 

同じ絵の道を志す人達なら、違う目線を持つ為の有効な意見を必ず言ってくれるはずです。

 

 

「すぐに良し悪しを判断しすぎ」

数年前に10日間程かけて完成させた絵を見て「イマイチ納得いかないなあ・・・」と思うことがありました。

 

結局その絵はボツ作品になり、部屋の隅に乱雑に置かれることになりました。それから数か月の間、普通に新しい作品を描きながら時を過ごしました。

 

 

何作品か描いたところで、ふとそのボツ作品を眺めたところ・・・「あれ、この絵いいじゃん」と思った瞬間がありました。描いた当初とは全く違った印象でした。

 

 

おそらく、時が経過したことと、その間にも休まず作品を描き続けたことで著しく画力が向上し、その結果「見え方が変わった」のだと推測されます。

 

 

もちろん絵が変わったのではなく、自分に見る力が備わり「絵を許容する範囲」が広がったのだと思うのです。

 

 

このことは今までの自分にはない経験だったのでとても不思議な感覚でした。同じような経験をしている人も多くいると思いますが。

 

 

ちなみにその絵は 公募展で入選をもらうことができました。

 

確かに魂を込めて描いた絵なら誰でも「すぐに自分の中で良し悪しの判断をつけて安心したい」と思うのも無理はありません。

 

 

しかし、そういう時こそ「自分の中でその作品が成熟してくるのを待とう」という余裕を設けてみるのも今後の絵描き人生に繋がる有効な手立ての一つになるのではないかと思うのです。

 

 

単純に、一旦絵から目をそらし気楽に考えてみた方が精神的なバランスも保たれますし、次の作品にも取り掛かりやすいです。

 

 

「自分」という枠を超えること

自分の中だけで絵の価値を完結させてしまったり、すぐに判断をくだしてしまったりしてはその絵が躍動する範囲が狭まってしまいます。

 

本来、他人に見てもらってこそ価値が決まったり、値段が決まったりするはずの「絵」が、自分という一つのフィルターを通しただけの判断で良し悪しを決めてしまうとなると、それはもう「絵」であって「絵」ではないのだと思うのです。

 

絵は自分という枠を飛び出した時にこそ、はじめて命が宿るのだと思います。

 

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